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消えたヤルタ密約緊急電




第二次大戦中、一貫して最高精度の欧州戦線情報を大本営に送り続けたスウェーデン駐在武官・小野寺信の諜報活動の全貌を解明する。480ページの大著で、まさに「労作」というべき研究書だ。連合軍に「枢軸国の諜報機関長」と恐れられてきたにもかかわらず、これまで、夫人の回想録くらいしかまともな資料はなかった。なぜ、スウェーデンに情報が集まったのか。どこから入手していたのか。そして最も重要な、なぜハイレベルな情報が集まったのに、本国はその情報を生かさなかったのか。数年前から公開された巣鴨での小野寺尋問録のほか、本人の証言テープなど、小野寺に関する第一級の初出資料を掘り出し、丹念に分析している。

ロシア通だった小野寺は、欧州における日本軍の対ソ諜報拠点であるストックホルムに1941年1月着任した。以前から親交があり、国が占領され四散したポーランドやバルト三国の情報士官を赴任後から保護した代わりに、彼らから精度の高い独ソ戦情報の提供を受け、「独ソ開戦不可避」を大本営に打電する。だが、当時主たる諜報拠点はベルリンだった。ヒトラーやリッベントロップから直接情報を取れる大島浩駐独大使を、大本営は強力な情報源と認識していた。しかし、大島はドイツの情報を鵜呑みにするだけ。「独軍の英上陸は確実」「独ソ開戦ありえず」「対ソ戦勝利確実」と大島のドイツ軍情報はことごとく的を外す。しかもヒトラーは大島電文が連合国に筒抜けになっていることを見越して、偽情報を大島に流し続けた。

小野寺含めドイツ以外の欧州駐在武官の多くは、独ソ開戦不可避やその後の戦況をほぼ予測・把握していた。だが、そうした情報を「対英米開戦に不都合」と認識していた大本営は無視した。しかし、ドイツの快進撃がまだ続き、日本も英米開戦に傾いていた41年10月以降、小野寺は「独軍劣勢。日米開戦は不可なり」とする電文を大本営に30本以上送る。その諜報力、分析には驚くばかりだ。そして大戦末期、英米との休戦のために、よりによって政府・大本営はソ連を仲介者に頼る。これに対し、小野寺は表題のヤルタ密約緊急電やスウェーデン王室による仲介案を打電し、ソ連仲介の危険性や代案を提示する。しかし、ソ連仲介案に傾いていた政府・大本営はこれもほぼ無視した。

本書を読んで感じるのは、「都合の悪い情報はないことにする」日本の中枢の視野の狭さだ。最悪の想定ができない。小野寺電文だけでなく、日ソ中立条約の不更新宣告、佐藤駐ソ大使の「ソ連仲介は困難」という電文などで、ソ連の対日参戦の可能性は、容易に判断できたはずだ。それでもソ連に一方的にすがり、突き飛ばされた当時の政府・大本営の外交の拙劣さには余りある。

ソ連仲介案からスウェーデン仲介案へ、終戦工作の大転換を「小野寺緊急電のみで成しえた」という本書の評価、「緊急電を握りつぶした犯人は瀬島」「作戦部がコミンテルンに汚染されていたのではないか」という推測は、短兵急な感じがする。しかし全般的にみれば、本書はよく調査、取材が行き届いている。本書は小野寺を始めとする遺族のほか、小谷賢、山本武利、白石仁章などしっかりした研究者も協力していて、非常に信頼性が高い。巻末の膨大な参考文献でも充実した取材を感じる。本書は小野寺研究としてはもちろん、戦時中の日本軍のインテリジェンス研究として、トップクラスの資料になるだろう。第二次大戦における日本軍の情報戦に関心をもつ人にも、必読資料として薦めたい。
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