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ニートの歩き方



出版前からネット界隈で話題になっていて、出版後も多くの切込隊長や山形浩生、dankogaiらネット界隈の有名人や有名無名含め、色んな書評ブログに登場して、追いかけるように紙媒体でも書評が出始め、ちょっと話題沸騰の本。私も発売直後すぐ購入したが、先に買った本が多くてなかなかたどり着かず、ダラダラ時間が経過してしまった。かつ、読んで感じたことをはき出すと結構書ききれない量で、なかなか書くに至らなかった。ようやく着手。

本書の構成だ。著者は京大卒後、数年働いたが通勤が嫌になり退社、ニート生活を送る。1章はそんな著者の半生記。2章は著者のニート暮らしの日々。3章はニート生活をするためのノウハウ。それなりに面白いけどまあどうでもいい。4章が面白い。なぜ、ニートか。それを読んで自分でも考えてみた。

「かったるい」「だるい」を連発する厭世的な本書に、賛同もできず、かといって何かを口角泡を飛ばして批判してるわけでもないし、厭世的な自分の生き方を推奨しているわけでもないので、全否定で切って捨てることもできず……「こんなヤツでも生きてける社会っていいよね」「ニートニートって言うけど、ただのニートじゃねえだろ」とかネットの書評では微妙な評価ばかり続く。そらそうだろうと思う。本書、というか著者の人生観は「できるだけ働かないで、世間にぶら下がって生きる」というものだからだ。自由主義者かつポジティブな人が多いネット業界の人気者は、「どんな生き方も自由だけど、勧められない」というスタンスを取らざるを得ないだろうなあ。

「朝7時に起きるのがすごくしんどい」「内勤で大して親しくない人に囲まれ、世間話するのが辛い」「人間関係はゆるい方がいい」という。わかる。著者は「天気のいい平日の昼間に街をのんびり散歩したりするのは快適だけど、働いているときはこんな簡単なこともなかなかできなかった」という。わかる。私は内勤だが、今はシフト勤務なので、幸い朝出社はあんまりないし平日休も多い。平日午後3時、渋谷で本を読みながらカフェ飯、あるいは上野動物園の森を歩いてカバを鑑賞する……なんて許されない職場だったら、私も著者のように仕事を捨てたかもしれない。第一、毎朝7時に起きるってだけで相当ストレスだ。よく銀行員とかサラリーマンの話で「朝8時に出社して、9、10時まで仕事」なんて話を聞くけど、信じられない。長時間勤務も嫌だが、なんのためにそんなに働かなくてはいけないんだろうと思う。私みたいな考えは少ないのかもしれない。

「石の上にも三年」という言葉が尊ばれるように、日本は「耐えれば展望が開ける」というコンセンサスが深く根付いている。長時間労働する方が評価される。下手すりゃ、「余剰人員があるから残業がない」くらいの企業文化ではないか。しかし、みんながみんな、会社で出世を目指す、起業して成功を目指すというのも、それはそれでギスギスしていてやだなと思う。著者も本書の中で書いてるけど、東南アジアや中国なんかに行くと、中国なんか特にそうだが、鉄道や観光施設で自動改札が完備されてるのに、切符モギリのおねえちゃんやおっちゃんがいたり、ほどほど幸せな暮らしに安住してる人も結構いる。「頑張る至上主義」の日本でも、門付芸人みたいな、ぶらぶらして芸を見せるだけで、社会経済のシステムの外にあって蔑まれるけど、なんとか生きていける道があったが、近代化で失われ、あるいは「芸能人」というステータスとして、システムに組み込まれてしまった。

著者が本書で引用している「働かないアリに意義がある (メディアファクトリー新書)」で、働くアリと働かないアリがいる理由について、いろんな仕事に働き手を分散させたり、働いているアリが疲れた時に働かないアリがカバーするとか、馬鹿なアリは仕事の手順をよく間違うが、その方が効率的なこともある……色々なメリットがあるから、7割のアリは働かない。日本は全体的に金属(勤続?)疲労になってるんじゃないかと感じる。「人生なんて死ぬまでの間なんとかやり過ごせればいい」と割り切る著者はすごいが、「仕事なんて命に比べればどうでもいい」という考えには共感できる。

本書だが、びっくりするくらい文章がうまい。処女作なのに、手慣れたライターが書いているかのように滑らかな筆さばき。そして、ニートであるための猛烈な理論武装。クラウドファウンディングで突っかかってきた今一生をきれいにあしらう頭のよさ。多くの書評で「これだけ文章かけるのにニートってもったいない」というコメントを見るのもうなずける。(著者は「才能があろうがなかろうが仕事したくない」と返すのだが)

そして、素晴らしいほどピースフル。誰も攻撃しない。「「中国と日本が戦争を始めたら?」…海外に移住すると思います」なる香ばしいエントリーが袋叩きにされてるが、本書でも「国はあんまり信用できない」「日本が壊滅したら海外に逃げる」とか、同じような趣旨を本書も言っている。しかし、例の彼が超上から目線で、組織や企業、アンシャンレジームを声高に批判し、フリーを礼賛しているのに比べ、本書が「僕の生き方はリスクが高いし、いろんな物を捨てているので万人に勧められるものではない。僕みたいな人間ばかりでも社会は回らない」と言うように、著者の心の根っこには、「会社に馴染めず、ニート生活しか選択肢がなかった。自分は社会の異端者」という気持ちがにじむ。

「社会を変えろ」でも、「自分を変えろ」でもない。「肩の荷を降ろしてはどうか」「無理して組織なんて背負わなくていい」という、一般人向けへの本書のメッセージに、ほっと安心できる。ニート道を突っ走りそうな読者には危険極まりないが。本書を読んで「いざとなったら、こんな生き方でもいいか」とも、私みたいに企業なり組織で、そこそこ一生懸命仕事してるけど落ちこぼれてます的な人間には、嫌らしい話だが「下には下がいる」と安心する材料にならないでもない。著者はタカることもあるけど、金のない仲間に分配し、税金や社会保険料も納め、もちろん非生保。決して社会のフリーライダーではない。

著者のように家族を全否定はできない。でも、家族は重い。また、いつも前向きってしんどい。家でゲームしたりネットしたり、スタバで本を読むっていう生活も、仕事で成功する程ではないにしろ幸せだ。少なくとも月サビ残100時間という代償を払った成功よりは遥かに幸せだ。のんびり生きたい。著者ほどではないにしろ、私も「せっかく生まれたんだから世界のいろんな場所に旅行したい」し。

にしても、京大は居心地がいいらしい。
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