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11月の新書オーバービュー

 仕事中に見てた就任演説で「buy American」をぶち上げる大統領に、「今年はトランプ新書が何冊出るのかなあ……」という程度には新書脳。 

 

 サイコパスは自分の利得・快楽になるなら平然と嘘をつき、殺人する。良心がないサイコパスは、他人を利用し尽くすことに躊躇を覚えないし、注目を浴びることを好む。サイコパスの特性について、脳機能の一部分が弱いことに要因を説明する。「共感能力がなく、恐怖も感じないから」のだと。道徳や良心を知らないわけではない。自分の利益になるなら道徳に従う。
 
 ほかの動物であれば、サイコパス的な性格が普通だ。そして逆に、人類はサイコパスにしゃぶりつくされ淘汰されたかもしれない。「なぜサイコパスは人類の中で『異常』とされるか」「なぜ100万年の人類史で淘汰されず、共存したのか」と、著者はユニークな問いを立て、回答を提示している。「人類はサイコパスに食い尽くされないのはそれだけ、人類の社会性の強さを示す。むしろ人類が持つ「良心」はそのほうが種・遺伝子を残すために好都合だったから、後天的に人類に備わった性質にすぎないのだ」と。  
 
 「こんな人はサイコパス」みたいな4章は微妙だったが、

 「問題発言やわざと挑発的な言動をしてよく炎上し、しかしまったく懲りずに活動を続け、固定ファンを獲得しているブロガーにも、サイコパスが紛れ込んでいる確率は高いと考えられます。彼らは人々を煽って怒った様子を楽しみ、悪目立ちすることで快感を得ていると思われます。(中略)話題になってクリック数が増えさえすれば収入に直結しますし、(中略)刺激に満ちた生活を求めるサイコパスにとっては、うってつけの商売といえます。(中略)こうした人物の発言は真に受けないことです。(中略)彼らの脳は長期的なビジョンを持つことが困難なので、発言に責任を取ることができず、またそのつもりもなく、信じるだけバカを見ます。(p190)

 

こんな人、35年ローンがどうとかいう人くらいしかいないんじゃないかと思うわけであり……





 数年前から、いち早く住居過剰問題や、マンションのスラム化の可能性を指摘し、世間に知られるようになった著者が今度は「住宅街ごと・都市ごと、選ばれ捨てられる時代が来る」と訴える本。横浜市内に点在する「バブル期の高級住宅街が今では限界集落に」というホラーのような現実。30年前には1億円を超えたものが、今や3000万円でも売れないという。郊外住宅が売れなくなった最大要因は、共働きが普通になってきたためだ。自分の経験でもわかるが、とにかく職住近接。子供の環境を考慮してもバス便物件はあり得ない。緑園都市や西鎌倉のように、地味に傾斜がきつい高級住宅街も嫌われる。


 いきなり町がどーんとできると、入居者の世代も限られ、新陳代謝が悪い。緑園都市や山手台のように住人の多くが老人になれば、街の活気がばったり消える。昨今人気の恵比寿や武蔵小杉にも著者は否定的だ。恵比寿は職工混合の街、武蔵小杉は形を変えた新形態のニュータウンだと。20世紀のニュータウンが面で広がっていたのに比べ、武蔵小杉は縦に伸びている。人口増だけが魅力の街で、人気は一過性なのではないかという。歴史の浅い街なので、面白みがなく駅は激混みだ。答えが出るのは20年後か。路線が多くて、今後も売れていく街ではないかと私は思うが、住んでいません。


 



 天下りで「学の独立」の名が泣く都の西北ビジネススクール(WBS)改革で生え抜き教員に負け、撤退した著者の暴露本。米国でも、給料が上がりCEOになれるBSは、ランキング上位30~50校しかない。そもそも、世界ランキングに載る学校は日本にない。中国にはすでに7校あるにもかかわらずである。世界標準のカリキュラム認証を取っている学校自体、慶應など数校しかない。その他はBSを名乗りはするが、形式上国の認可はあっても何の品質保証もないまがい物だ。米国はじめ、シンガポール、中国のBSは高額だし、留学生が多い。下位1割は落第するから「元を取ろう、生き残ろう」とみんな必死で食いついてくる。それに引き換えWBSなんざ、教員ですらコピペ論文を書いてしまう学校。上がそうなら下も推して知るべき教育水準である。


 なによりMBAを取っても日本では知識を得るだけで、給与増や転職などのリターンが全くない。ハーバードやペンシルベニアを出ても人事上の恩恵がない日本企業、まして誰でも入れて生存競争もなく、論文・卒研を書かずとも全員卒業できる日本のBSなど、なんの意味があるか。WBSも五十歩百歩だ。国際的にもそうだがMBAは理屈っぽく、「あれはダメ」「これはダメ」と机上の分析屋ばかり生んでいるに過ぎないのだ、と結論付ける。

 

 この大学というのはつくづくダメだと思う。ああ言えばこう言う社会人失格教員のなんと多いことか。著者は学内に3つもあったMBA(これだけでもバカげている)を苦労の末、1つに統合したものの、『「校長」の肩書はダメ』『昼夜開講はやりたくねえ』『論文指導したくない』……顔面グーパンされた方がいいようなゆとり教員に振り回され、学校崩壊している商学部及びWBSの様相が目に浮かぶ。

 

 最終章はじめ、コンサル本お約束の自慢話がそこここに散らされているわけだが、そこは様式美ということで。ただ、BCG入社後、すぐ傍流の小プロジェクトを希望したというのは慧眼かも知れない。全くの偏見だが「こんな大プロジェクトを主導しました」と吹聴するのが、コンサルの最重要ミッションの一つのような気もするから、裏道を見つけ爆釣できるコンサルこそむしろできるコンサルか。「ビッグプロジェクトと違いなんでも自分でやるので、仕事の全体像がつかみやすかった」と振り返る。往々にしてトップコンサルは、どこに行っても成功することの証明かもしれないが。





 科研費研究の成果ベースで書かれ、新書の水準をかなり超えた本。ミッドウェーの戦いを例示して、「英米は入手した情報を正確に生かし、日本は生かせなかった」という教訓が語られている。戦時諜報はともかく、戦争に至るまでの日本情報を、米国は傍受はできても正しく理解できていたのか、と本書は問う。米国は日本の外務省電文をほとんど解読できたものの、「松岡率いる日本の外務省は戦争を望んでいる」と誤って受け取り、挑発の裏にある戦争回避の本音を察知できなかった。ハルノート直前には、傍受した日本の譲歩案が誤訳のために著しく不誠実に受け取られてしまった。


 本書を読むと、大量の公電には、正確な判断を妨げるジャンク情報が多いだけでなく、しばしば重要な部分が誤訳されただけでなく、行間の本音が伝わっていない。当時の日本の公電には、現地を訪れた「国家総動員で新しい戦争やで(しかも誤訳)」と士官の放言みたいな話もあったり、ドイツの対ソ戦参戦要請に「我々は太平洋で英米の船を引き付けて貴国に貢献しているので、参加できません。貴国が英国・ソ連で勝つことを心よりお祈りしています」と返したお祈りメールが「やっぱり日本は嘘をついて和平するふりをしてるんだな」とスティムソンに誤解されてしまったり。


 「秘密情報を読んでいればすべてを把握している」という思い込みは誤りであることが理解できる。当時、日本で仏印進駐が戦争を招く危険を知っていたのは、公開情報しか知らない幣原喜重郎であり、英米では日本の穏健派と交流があった一方で傍受情報に駐日大使だけが過激な本国に警告を出し続けていた。自分の見たい真実だけ読み取ってしまうので、生情報は政府高官が読むべきものではない。


 引用電文の量が多く、読むのは苦労する。しかし、誤訳・誤解の上に積み上げられたインテリジェンスの誤りに日米開戦の一因を指摘した本書の説は納得させるだけの力がある。


 

 今月一番面白かった本は岩波「密着最高裁のしごと」。内容のいい中公や岩波は、ほかの本と違って、「全能の著者が読者に知識を与えてあげる」本ではない。内容に粗や穴もあるけど、「分析が足りない」「現状ではよく分からない」「結論は違うのでは」と感じたり理解する所から、自分の頭で考えるきっかけになる。本書も「最高裁の刑事判決は過去との整合性を重視するんですけどねえ……」という結論にもやもやが残るが、それこそまさに今の刑事司法が問われている課題でもあったりする。それはそうと、角川新書の2冊も面白かった。

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