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「待機児童」という定義こそ子育て支援の停滞を生んでいる

 「入園不承諾通知」の声が聞こえると年度末も近く、もはや早春の季語に感じるというか。

 「保育園落ちた日本死ね!!!」というでかい釣り針に釣られている人が多く、世事に疎い私も、引きちぎられんばかりに釣られてしまった。認可に落ちても認証なり、認可外でも認可より環境のいい施設はあるし、利用料も2倍は超えないだろう。探せばどこかあるし、入園ポイントも上がるし、「死ね」だの「生きろ」だの書いてる暇があったら、取りあえず無認可探せよと思う。過日、同様の通知を受領した一住民の立場から考えると、昨今の23区で乳飲み子と在住する限り、不承諾を前提として入園できなかった場合の処し方は考えるべきだったろう。

 私は個人的な関心で子育て支援問題の動向を近年追いかけている。待機児童問題で必ず議論になるのが、保育園増設の可否だ。保育園は凄まじい勢いで増設されており、発達障害者・心身障害者向けの療育施設も充実してきている。保育・子育て環境も2000年代初頭よりはるかに改善しているものの、女性の就業者も増えているため、単なる指標でしかない「待機児童」というワードが、子育て支援でことさらクローズアップされ、その問題は停滞しているような印象を与える。しかし、東京23区といえど、ポイントが揃っている人なら1年待てば認可園には入れる。さらにいえば、23区も15歳未満人口は横這いであり、保育需要は10年以内に確実にピークアウトする。単なる保育補助の増額、認可園増設には賛同できない。子育て支援を受ける当事者として以下の5点の政策を提案したい。

・認可園を純増させる必要はない
・撤退が容易な保育園を増設する
・認可・無認可の2区分をやめて細かく階層化し、保護者の格差を縮減すべきである
・収入の高い親は応分の負担増をすべきである
・保育園への助成金ではなく、保護者へバウチャーを配布すべきである



認可園は増やすのは容易ではないし、新設する必要もない

 ポジショントークだなんだと、方々から批判はあるが「「保育園落ちた日本死ね」と叫んだ人に伝えたい、保育園が増えない理由」の現状分析は正しいと考える。都心に園庭付きの保育園など量産できるはずがない。

 しかし、無理ゲーな条件を乗り越えてまで認可園を純増させるべきではない。重装備の保育園は、ピークアウトした後の処理が難しくなることが容易に予測できるからだ。地方公営競技や大型再開発ビルの処理に苦吟している自治体を見れば明らかだろう。


認可園「的」な保育施設を増やすことは必要

 待機児童が多いといっても、その大半は無認可園に入るのであり、シッター補助に切り替えたところでシッター利用者が急増するとも思えない。無認可園だ認可園だで待機やら補助やらの問題が生じるのを何とかする方が解決としては早い。保育施設自体を増やすことに否定的な人もネット上にかなりいるが、無認可という仕切りを取っ払い、ビルのワンフロアなど撤退が容易な軽装備の保育施設を増やし、認可園同様の保育施設として扱うというのが一つの案だ。とはいえ、定員10人未満とかの自宅のガレージでやっているような小規模保育施設をいくつか見学したが、土間のような感じで環境がいいとは思わなかった。20人程度の定員と見合う広さは必要だろう。中長期的には少子化は進むのだが、今の切迫した需要に応えきれないと、2人目はつらいねというような話になり、少子化に拍車がかかりかねない。


(余談だが)「シッター頼め」では保護者はついてこない

 「シッター頼んで、公費助成すべきだ」という声もあるが、「あかの他人に自分の子を委ねる」というシチュエーションに抵抗感を持つ母親は多い。実際、シッターによる殺人事件があった際に、被害者の母親がかなり批判された。この10年程度、多少の負担増を覚悟してもシッターで乗り切った方が、長期的には安上がりという政策的判断は理解できる。だが、これだけシッターが普及しないのは、日本人の抵抗感もある。徐々にこうした意識は変わるだろうが、お上からの優遇はともかく「シッターを雇いなさい」と指示すべきではないだろう。

 政治を議論する人は頭がよく、このような漠たる感情を「気の持ちよう」「時代遅れ」と小馬鹿にするところがあるが、原発事故の1ミリシーベルト基準でもめたように、根拠がなくとも「抵抗があるからヤダ」という感情の政治は理屈の政治より解決が難しい。保育施設を増やす方が当事者のニーズに合致しているのではないか。一保護者としては、せっかく人に預けるなら、集団保育でコミュ力を養ってほしいと思う。


待機児童は人為的な数値である

 「希望しているのに認可園に入れなければ待機児童」という数え方ではあるが、認可園には入れないとはいえ、多くの親は無認可園には入れる。その質も極端にまた、落ちるものでもない。純粋に空くまで家で待っているわけではないのだが、「認可園入園待ちなので待機」となる。定義次第でいくらでも数字を変えうる人為的な数値である。認可無認可より自宅からの距離がより重要なファクターであるという親も多かろう。無認可で満足する保護者が多ければ、「待機児童」は減るのではないかとも思う。極論だが、近年、保育問題の指標でしかない待機児童の解消そのものが目的化しており、無認可と認可という仕切り自体を細かく刻むことで、待機児童という定義自体をやめてしまうべきだろう。


より設備の劣る無認可に親はより多くの金銭的負担をするという奇妙な仕組み

 設備が認可園に劣るのであれば、無認可に通う子の親はよりハンデを負うわけで、より多くの公的助成を受けてもおかしくないと思うのだが、無認可園の料金は認可園の2倍以上する。認可園には園に補助金が出るが、無認可園には出ないからである。ハンデも金銭も無認可園通園者の方が負担が大きいというのは奇妙なシステムと言わざるを得ない。負担の再配分がなされていない。一方で設備が劣るにもかかわらず、無認可園の保護者は7,8万円の費用負担が必要になる。これでは設備もよく、費用も安い認可園に通わせたいと思うだろう。無認可園にも自治体により補助金があるようだが、無認可園の保護者こそ金銭的に優遇されるべきである。


認可園の利用料は安すぎる

 「保育士の給料を上げたいなら税金を通じた政府と保育園経営者の中抜きを止めるべきだ」という人もいる。このエントリーはおおむね同感だが、問題は役所が中抜きしていることではなく、むしろ中出しの量が多すぎ、市場が機能しないことにある。認可園の利用料は1000万円世帯ですら月に4,5万円とべらぼうに安い(平成27年度新宿区保育園利用料)。預けない方が損という発想になるのも当然だろう。1000万プレーヤーであれば、便益を考えれば月10万円以上の利用料を取ってもペイするし、そうさせなければならない。

 「幼稚園・保育所の公費負担と保護者負担」は尼崎市の資料だが、他の自治体の資料を見ても、0~2歳の公費負担は7割か、場合によると9割を超す。0歳児など1人当たり月30~40万円の経費が必要にもかかわらず、保護者負担は2万円という自治体もある。民間園といったって、これではほとんど公営事業であり、かつ市場の調整が全く機能していない。待機児童が殺到するのも当然だし、保育士さんの給与が安いのも当然だろう。利用料を上げ、かつ絶対的な公定料金ではなく、ある程度幅を持たせることで、保育士さんの給与を増額すべきである。


保育施設は認可・無認可の壁を払い、細かく階層分けする

 いろいろ条件をクリアした認可園だから助成する、条件をクリアしていない無認可園だから金を出さないという仕組みも問題だ。東京都の「認証保育所制度」はよい制度だが、認可・無認可を取っ払って、園の整備状況によってA~Eでも甲乙丙丁戊でもいいが、5段階くらいに階層分けして設備のいい所は保育料を高くする(Aランク保育所は1歳で月20万、Eランク保育施設は同じ条件で5万円)というのはどうか。


公費助成は保護者にバウチャーで配布する

 保育への補助は、保育施設への助成ではなく、保護者へ所得及び施設ランクに応じたバウチャーとして配布し、低ランク施設利用者の公費割合は高くする(場合によって全額公費)などの操作をすることで、利用者の需要も分散するのではないか。いい保育サービス・施設に行きたければ追加で料金を払う。もちろん最低ランクの施設でも安全は確実に保証される。飛行機のファーストクラスとエコノミーみたいなイメージだ。エコノミーだから墜落しやすいわけではなかろう。



 「「保育園落ちた日本死ね!!!」って言われたけど、むしろ東京都は保育園をつくるべきではない理由」もネットで参照されていたが、比較的同感だった。

 冒頭のブログに関していえば、子どもが生まれない国は「死ね」と言われなくても、そのうち人がいなくなって死ぬ。、「子育てって言ったって、予算には限界がある。保育園建てたってムダムダ」みたいな話もあるが、子育て政策に金を出したくないなら、金を出さないという選択肢もある。いつか生まれる子ども、あるいは親かもしれないがも、自分が生まれるも生まれないも、選べるわけだしな。「金がないなら生まれないよ」と。

 また子育て利権にからめとられるだけというご説も多いわけだが、実子が生まれてから、医療者や保育者など周囲から献身的な支援を受けており、「なんとか無事に成長させたい」という気持ち、プロフェッショナリズム、小児医療・保育・療育への知識の深さなどどれをとっても本当に感心させられた。誤解を恐れずに言えば、数か月か1年待てばなんとかなる「不承諾通知」「待機児童」など取るに足らない問題である。某区は子育て政策にあまり関心はないようだが、社会なり、子育て部局なりが時間をかけて子どもを見守ることがはるかに重要であるように思われる。
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