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10月の新書オーバービュー

10月は面白い新書が多かった。しかし、レビューを書いた本は少ない。結局、読んですぐ書き出さないと、「本当に面白い本」ではないのかもしれない。それと、amazonレビュー自体、最近書き手も読み手も質が落ちていて、芳しい反応が少なくなったのかなあとも。レビュー本以外にどうしても書き留めておきたい本などをメモ的に。

酒井亨「アジア 反日と親日の正体 (イースト新書)」の主張・分析は間違っていないと思うが、中国・台湾が絡むととたんに、自分と違う意見へのキャパシティーが全くないんだよなあ。とにかく中国・国民党全否定。「台湾語ができるから俺には分かる。台湾は日本を選ぶ」という。光文社や集英社で書いていた頃より、筆が荒れている感じがする。ブログの暴言をそのまま書いているというのか。「中国はアジアのトラブルメーカーで深入りすべきではない」「韓国は政府はともかく、若者レベルでは日本を好きな人も多く、民主主義国なので関係改善を急ぐべきだ」という主張は理解できる。インドネシアの重要性やユドヨノ大統領の指導力の高さへの指摘もまともなんだが……。それと、「~を知らないのに(~しないのに)、~を語るのは許しがたい」ってフレーズが頻発する。「知ってる、したことある俺ってすごい」って言いたいだけなんだよなあ。本って知らない人のために書いてるんじゃないのか。「コタキナバルがどこか知らないのに『TPPが米国主導』というのは許しがたい」という。なら、キナバルがどこか知ってたら米国主導と決めつける権利があるというのか、いやないだろうね。

語られざる中国の結末 (PHP新書)」はJBpressなどネットやテレビでひっぱりだこ、安倍首相も信頼を置く元外交官。私もJBpressの中国連載を楽しみに読んでいたので、本書に期待して読んだが、ちょっと内容は物足りない。中国の将来予想と時事評論のまとめで、やや雑駁な感じがする。単なるブリーフィングかな。日本版NSC構想を提案した中心人物で、安倍外交のブレーンなので、本人の属性に関心がある人は読んでもいいのかもしれない。

四大公害病 - 水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市公害 (中公新書)」は高度成長の汚点である公害病をまとめた本。水俣病は現在も認定基準を巡って国や県ともめていて、発生から半世紀たっても継続している問題だ。本書では今日の問題もフォローしている。日本の大企業不信、原発事故での政府不信は、一連の公害病での企業側のダメな対応に拠る所が大きいのかなと思う。裁判に出るまで自分たちの否を一切認めない。地域の被害者を地域住民、医師、弁護士がボランティアで支えたことだった。プロボノというのか。イタイイタイ病で全国から手弁当で集まった弁護士を被告の家に泊め、弁護団長が調査費用を自腹で立て替えたんだとか。

世界で最もイノベーティブな組織の作り方 (光文社新書)」は、著者の言うように組織のあり方論。著者・山口周の本はいつも、物語のようにビジネスを書いていて、実践になるわけではないのだが、読んでいて楽しい。上下関係が厳しいとイノベーションが起きにくいという喩えで、韓国の飛行機事故の話を引き合いに出すのは無理があるんじゃないかな。飛行機運行は創造性を求めているわけではなく、機長とコーパイが互いにミスを防止しあうための、権力格差の解消が必要だったのではと思った。ま、韓国の権力格差による航空機事故って多いのは事実。この前のアシアナ機事故もそのようだ。都合のいい話を切り貼りしてるだけなんじゃないかなと思う。「目標は曖昧に」というが、日本はさんざんそれで失敗してきた。浮世絵を評価したのは欧米人だった、というのも、いかにも欧米中心的な見方だ。浮世絵は日本で評価されていなかったわけではない。だから、包装紙に使うほど売れまくっていたのではないか。などなどいろいろ批判したが、本書のあらすじは読ませる。特に、ラインから外れたオヤジがグダグダ口を出してきてそれに応えるためにムダなスペックを追加したり、オヤジのいうところの「改善」を加えるために、時間もカネもムダな労力をつぎ込む日本の悪しき企業文化。どこも同じなんだなと感じた。


芝居小屋、映画、コミュニティラジオから地域を盛り上げる活動を書いたのは「わが街再生: コミュニティ文化の新潮流 (平凡社新書)」。那覇、秋田、前橋、北九州、熊本……地方で文化の拠点を支える人たちのルポだ。情報が集まる東京にどんどん文化が一極集中しているが、あまり良いことではない。地域に人をつなぎとめる文化が必要だ。それにはメディアが大きな役割を果たす。担い手たちは実に魅力的だ。自分たちはカネにあまり頓着しないが、文化を支えるために地域からお金が集まる。芝居小屋は、明治大正期には娯楽の王様だったが、その後ニューメディアの登場で廃れていった。1980年代に入り、価値が再発見された。とはいえ、築100年の大型木造建築を維持するのは簡単ではない。多くの芝居小屋は自治体や市民の寄付で支えられている。また、大衆演劇や歌舞伎俳優が公演を打って、維持に協力している。多くの著者は放送業界取材歴が四半世紀のベテラン記者。全国各地を転々と歩きまわるのだが、冒頭にその地域の情景描写から入る。そして、文化の担い手が自然な形で登場する。新聞記者らしい、奇をてらわない文章で、クセがなく読み心地が良い。

日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ (文春新書 942)」は、世界一から崩壊ともいうべき凋落を遂げた半導体産業の敗因を追及した本。些細な技術開発のために莫大な金をかけたためにコスト競争力が落ちた日本の電機産業。半導体も同じような轍を踏んでいた。ルネサスの倒産を著者は当然という。ルネサスは車載用マイコンで世界シェア4割を持っており、東日本大震災で被災したため、プリウスの製造台数がガタ落ちした。トヨタはこのようなリスクを減らすため一次請けは分散させていたが、一次、二次受けはみんなルネサスに発注する。結局三次受けあたりでルネサスに集中した。トヨタの要求する「最低コストで不良品ゼロ」など無理に決まっているから他社はどこも受けないからだ。そして、半導体の巨人インテルの凋落も始まっている。スマホの隆盛を予測できなかったため、iPhone用メモリの生産を断ってしまった。サムスン電子はしたたかだった。このメモリ生産を引き受けて企業規模を一気に拡大するとともに、iPhoneの中枢部を詳細に把握することができ、ギャラクシー開発につなげた。パクリかい。著者は日立で半導体のコア技術である微細加工開発を担当していた。しかし、日立もこんな高度技術者をクビにするとは……貧すれば鈍すというやつか。

かつお節と日本人 (岩波新書)」を最後に。かつお節はいかにも「和食」という食品だ。しかし、戦前から日本人がはるばるインドネシアやミクロネシアまで行って生産していた。なにせ戦前は冷凍設備がないから、腐らないうちに港に運び込んで乾燥させないといけないから、最寄りの港に持ち込まないといけない。太平洋のどこでも、漁場の近くに工場を作ったというわけだ。このように、非常にグローバルな食品だった。今渦中の尖閣諸島も戦前は、鰹節工場があり、日本人が住んでいた。そして、太平洋中で生産され日本に持ち込まれている。戦後も関係者の真摯な努力があり、にんべんの削り節パックというブレークスルー、消費量が急増しためんつゆへの使用もあり、生産量は今も増えている。かつお節の製造過程なども丁寧に紹介され、普段口にしている調味料がこれほどの広がりを持つ食品であることに驚かされた。研究も丁寧で、戦前の外地の工場の様子を語る沖縄女性、インドネシア人の鰹節工場長、にんべん社員、港から工場までかつおを担いだ女性など、広範囲な聞き取りも鰹節産業の広がりを印象づける。20年がかりの研究のエッセンスのようだが、かつお節に関わる人達をいきいきと描く好著だった。

今月は「エジプト革命」や「話す力」もなかなか読ませたが、「かつお節と日本人」が一番面白かった。知らない世界が開けるというのがいい。買った本の割には、収穫の多い月だった。
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