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高等教育の時代(中公叢書)




中公新書「大学の誕生〈上〉帝国大学の時代 (中公新書)」の続編的な本。「大学の誕生」は文字通り、明治維新から西欧式高等教育が生まれてから、帝国大学以外の大学を認めた「大学令」までの話。本書は大正8年の大学令から戦前までの、公立私立大学や旧制高校の新設ブームを書いている。上下巻800ページにわたる大著だが、読んでいて辛くはない。新書はコンパクトを意識して余り寄り道しないのが面白くなかった。叢書になってむしろ、脱線が増え楽しく読める。

上巻はとにかく国も府県も民間も金はないけど、大学は作りたいという話。立身出世、学問への好奇心から、大正時代に入り大学昇格運動が激化した。第二次大戦後まで、「私立大学」という存在は、日米にしかなく、アメリカの私大は、リベラルアーツカレッジやアイビー・リーグに代表されるように、パワーエリートのための教育機関だった。マス型高等教育のための私大は、日本にしかなかったという。

大学令で、十分な資産があれば私立でも学位を出せることになったが、私立でまともな教育設備があるのは、長い歴史のある早慶だけだった。早慶以外の私立校は、帝大に入れない学生が、帝大の授業を受けたいということで、帝大教授や帝大卒の高等官をバイト講師として招き、作った学校だった。大学を申請した法政の懇願ぶりが涙ぐましい。図書館は10坪と書斎というべき面積しかなく、講師の書いた本くらいしかない。文部省の局長が審査のため訪問するが、学長をしていた松室致司法相のほか、若槻礼次郎元蔵相が案内役として随行している。2人とも法大創設者の梅謙次郎とは深い仲だったため、法政をバックアップしているのだが、帝大の大先輩でもある大臣2人から「今後立派にするからどうか頼む」といわれると、断りづらいだろうなあ。

立命館は学校幹部が「うちは京大の先生の場所貸しだから専任教員もいらん。大学昇格もいらん」と突っぱねようとしたら、学生OBから突き上げを食らい、昇格を申請した。


昔の大学・学校の大胆な公私混同ぶりもなかなか面白い。海軍軍医学校長が開設した慈恵医大は、「どっちも俺が校長なんだから」と、軍医学校が慈恵の校舎を兼ねていて、授業も軍医学校生と一緒に受けていた。さすがに議会でも「おかしいんじゃない」と指摘を受け、分離したという。昇格審査の担当局長が兼任講師をしていた専大は「うちと深い仲なんだし、もう少しうちの早期昇格に便宜を図っても良かったのに」と校史に記す。


大学令では道府県に大学設置権を認めていたが、市には認めていなかった。大阪市大は、昇格運動を始めてから法律改正を含めて昇格まで10年かかった。

本書を読んでいると、帝大とは言うものの、東大京大は別格との印象を受ける。東大京大のみ、国の予算だけで全学部を設立している。それに対しほかでは、府県が設立した専門学校を国に献納し、帝大昇格という形で帝国大学が設立されているケースが多い。財政が苦しいというのも理由だった。北海道開拓という特命を帯びた北大は寄付を得て、国が設立している。自治体がカネを出さない九大は理学部設立が後発の阪大にも遅れ、麻生太郎の曽祖父の寄付でやっと設立にこぎつけた。

また卒業式では、東大には天皇、京大には皇族の誰か、東北大には文相、九大には文部次官が派遣された。帝大の格付けは卒業式にも現れていたともいう。戦前の日本教育は「大学の格」が今よりはるかに可視化されていた。

昨今大学の秋入学が議論されている。初中等学校は明治30年以降春入学に統一されていたが、実は大学は大正10年頃まで秋入学だった。春から秋まで、中学校から上級学校へ進む場合は、その間受験勉強に打ち込んでいた。しかし、浪人・留年が多い帝大は平均卒業年齢が27歳程度。平均寿命が今よりはるかに短い中で、国家的エリートは早く長く活躍してもらわないと困る。春卒業・秋入学の間の半年もムダにしたくないと、文部省が強く要請した。

というように、旧帝大からFランク系大学まで、50以上の大学の出自が語られている。こんなに面白エピソードに満ちあふれていたのかと、感嘆した。もっとたくさんメモしたいことがあるが、長くなりすぎるのもなんなので。

本書執筆は大変だったろうなあと思う。旧制高校があるとはいえ、明治期、大学は東大京大しかなかった。それが、大学令後に40超の大学ができて、その成り立ちを逐一追っているから大変だ。著者はあとがきで学制改革から戦後までの高等教育史を書きたいという。維新から現代までの高等教育通史をやろうというわけか。気宇壮大な計画だったんだ。今は千近い数の大学があるから、史料収集、分析の量は戦前の比ではないだろう。存命の人に失礼だが、研究人生も晩年になってこれだけの大著を書こうとする意欲はすごい。こうなったら、上中下巻とかになってもお付き合いしようかなと思う。
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